Archive for 23. April 2011

宮崎のGreen Party・ドイツの原子力撤廃等についての発表

April 23, 2011

4月16日の土曜日に、Weather Kingという宮崎の最大のライブハウスでチャリティーイベントを開催しました。バンドの演奏・トークセッション・チャリティーフリーマーケットがあって、私は特に準備でかかわっていたのはトークセッションとフリマでした。トークセッションの私が話した内容を抜粋して、以下に紹介します。

おかげさまで、お客さん約200人が来ていただいて、企画政策課の課長を始め、私の仕事関係の方々も何人か見えました。

Am 16. April fand in Miyazakis größtem Live-Club (Weather King, passen ca. 500 Leute rein) eine Benefiz-Veranstaltung statt, die ich mit organisiert hatte. Es gab ein Bühnenprogramm und ein Bühnenprogramm incl. Talk-Session. Insgesamt waren ca. 200 Leute da, und wir haben umgerechnet etwa 600€ eingenommen. Mit dem Geld werden wir in Miyazaki produzierte Lebensmittel kaufen und diese dann in das Katastrophengebiet im Osten Japans transportieren und selbst austeilen.

Weiter unten in dem Artikel habe ich auf japanisch meinen Vortrag zu den Themen „Die Grünen“, Anti-AKW-Bewegung in Deutschland und Atomausstieg Deutschland zusammengefasst. Am Ende des Artikels sind Fotos von Rainer Kaminski, der seit 25 Jahren auf Yakushima wohnt, einer kleinen Insel im Süden Kyushus. Er produziert sämtliche Energie, die er verbraucht, selbst.

義援金7万円くらいを集めることができました。入場料の代わりにフリマに出すものを持ってきてもらって、そしてほかのお客さんが持ってきたものを買うというシステムでした。義援金で宮崎産の食料品を買って、NPO法人宮崎災害支援センターを通して5月の末に被災地に運んでもらう予定です。

トークセッションのときに、私は下記のポイントに触れました。

 ・ドイツの緑の党

・ドイツの反原発運動、原子力撤廃と福島の原発事故に対してのドイツでの反応

・ドイツの自然エネルギー

・屋久島に住んでいるドイツ人の自家発電方法

 イベントで発表時間は僅か15分しかなかったのですが、もし要望があれば、更に詳しい発表が可能です。ご連絡をいただけると幸いです。

 緑の党 (ディー グリューネン)

 パーティーの名称は「Green Party」でした。パーティーの主催者はドイツの緑の党の話を聞いて、この名前を付けました。英語で「Party」という言葉には2つの意味が含まれていて、一つはお「祭り」、もう一つは「政党」です。つまり、今回のイベントは緑の党のお祭りみたいな感じだった。

なぜドイツの緑の党は関係あるでしょうか?福島の事故で、ドイツの反原発運動はさらに盛んになりました。緑の党は運動に深く関係しており、2009年のドイツ連邦議会選挙で11%をとりましたが、福島の影響で勢力はかなり強くなり、最近ドイツの16州の一つで政権を獲得しました。

緑の党は80年代に環境問題グループ、反原発グループ、男女平等グループなどから設立し、国民の声をきっちり政策に反映させる政治党です。今回のイベントの「Green Party」という名称には、日本でも、緑の党のような市民運動の受け皿ができればいいと言う願望が含まれていました!

下記は、緑の党の選挙ポスター。絵でメッセージははっきり通じると思いますので、翻訳は不要でしょう。

ドイツの反原発運動、原子力撤廃と福島事故に対しての反応

70年代の初頭くらいに発生し、すぐに大きくなりました。原発の設立を反対する上、原子力の平和利用を止めると言う主張で、参加者10万人規模のデモがいくつかありました。下の写真は、旧西ドイツの首都ボンの1979のデモの様子です。

1986年のチェルノブイリ事故でまた盛んになり、特に緑の党の主張がドイツの社会と政治に全面的に浸透してきました。結果として、2000年にドイツの政府は原子力撤廃を法律で定めました。2005年に政府が変わった結果、2010年に撤廃を延期にしましたが、福島の影響で市民の反応が大きかったため、撤廃の延期の撤廃になりそうです。

福島事故の後、ドイツの反原発デモの様子は下のビデオのような感じでした。バナーに「福島の警報:原発を中止しろ」と書いてあります。

http://www.youtube.com/watch?v=ZKUhLM_qF-k

福島の事故の影響で、ドイツ政府は原発の一部を3ヶ月間一時停止することに決めました。ということは、ドイツの原発19基のうち、80年前に作った7基の古い原発を停止するということです。

今の所、停止による電気の不足は発生していませんが、需要と供給のバランスはぎりぎりの状況です。ですから、一刻も早く原子力を使わない発電の方法に進まないといけないことになっています。又、そういった研究が推進されると、自然エネルギー生産の技術が向上し、ドイツの経済にとって、大きなチャンスになると思います。

ドイツの自然エネルギー

現在ドイツのエネルギーの約2割が自然エネルギーで生産されています。下の表を見ると、自然エネルギーのタイプとその割合が分かります。

黄色:太陽光

茶色:バイオガス

緑:バイオマス

水色:風力

青:水力

赤線:自然エネルギー比率

比べてみると、日本の自然エネルギーの比率は3%でドイツよりかなり少ない。

ドイツは風力が最近多くなってきていますが、日本の地質的特徴からみる自然エネルギーの可能性は地熱らしいです!

そして、エネルギーマーケットに関して、ドイツと日本で大きな違いがあります。

ドイツでは、1998年に電気のマーケットにたいして規制緩和があって、電気のマーケットはオープンになりました。それから、電力会社はたくさん出てきました。ですからドイツでは、電力会社を自分で選択できます。結果として、料金の安い原子力を買うか、高い自然エネルギーを買うという選択があります。当然、自然エネルギーの会社の電気を買うと、自然エネルギーが発展します。

屋久島に住んでいるドイツ人の実践例

Rainer Kaminski (ライナー カミンスキ)さんは25年前に屋久島に移住してきました。キャンプグラウンドを運営し、蜂蜜を作っています。

彼が住んでいる屋敷には通常の電線がつながっておらず、自家発電をして、自分が消費する電気を100%自分で作っています。メーンソースは小水力発電気とソーラーパネルです。

発電機で上の電池を充電し、そして下のコントロールパネルで家に分配しています。

今後の日本の電気生産に関して、カミンスキさんはこういうふうに発言しました。

„Es ist unbestreitbar, dass eine dezentrale Energiewirtschaft in Bürgerhand, basierend auf heimischen erneuerbaren Energien, perspektivisch für die Bevölkerung die günstigste Alternative ist.“

「エネルギーの生産の未来を考えると、市民にとって一番有利な方法は、一極集中型のエネルギーマーケットではなく、地方地方で生産する再生可能エネルギーを市民自身でコントロールしていくことだ。」